常に、妊産婦自身のAIDS発症予防、母子感染の予防、ならびに母子に対する短期的・長期的影響を考慮して治療の計画をたてる必要がある。その際、わが国の感染妊産婦や母子感染の現状に即した対応や治療を考える必要があると思われる。そして、治療を行う上での母子へのメリット、デメリットならびにリスクについて十分に説明し、妊産婦やその配偶者(パートナー)や家族などが納得し、希望する場合に治療を行う。


 妊婦に対する抗HIV療法には PACTG076(表211)の3つのレジメを基本にしたAZTによる治療があるが、近年、HIV RNA量を著明に減少させるため母子感染予防にも有効であろうという理由から米国などを中心にAZTを含むHAARTも盛んに行われている。
 妊婦に対して、単独療法では耐性出現の問題を、また、併用療法では催奇形性(特にEFVなど2))を始めとする母子のリスクを常に念頭において治療を行うことが重要である。
 現在、妊婦や新生児に対してAZT以外の単独投与や併用療法の臨床試験が行われており、そのうちの一部については、母子感染予防の効果や重篤な副作用が報告されている3)、4)


1)
PACTG076の治療を受けた母子に対する影響は母子ともに中等度の貧血を認めたのみで、就学時までの児童では重大な副作用は認められていない。 一方、AZT単独またはAZTと3TC、ddIなどの併用で8例の新生児にミトコンドリアの異常が報告されている。


2)
EFVは臨床用量(600mg/日)と同様の血中濃度によって動物実験で奇形が認められているため、やむをえない場合を除き、 妊婦や妊娠する可能性のある女性には使用するべきではない。


3)
d4TとddIを含む多剤併用療法を行った妊婦で乳酸アシドーシスによる死亡が3例報告され、そのうちの2例では児も死亡している。


4)
プロテアーゼ阻害薬については、動物実験では催奇形性は認められていないものの、母体のHELLP(hemolysis, elevated liver enzymes, low platelet count)症候群や母子に対する耐糖能の低下や高脂血症、肝機能障害が起こることがある。



表21 AZTの周産期感染予防の処方
分娩前
妊娠14〜34週に処方開始、全妊娠期間を通じて継続。
  PACTG 076処方: AZT100mg1日5回
  代替処方:AZT200mg1日3回もしくはAZT300mg1日2回
分娩中
分娩開始と共にAZT2mg/kgを1時間静脈内投与し、引き続き出産まで1mg/kg/hrを持続的に 静脈内投与する
分娩後
出産後8〜12時間までに、新生児に対しAZTの経口投与(AZTシロップ、2mg/kgを6時間毎)を開始し、副作用の問題がなければ生後6週間まで続けるのが理想的。経口投与できない児には、1.5mg/kgを6時間毎に静脈内投与する。
*
AZTシロップと静注剤は、厚生労働省・エイズ治療薬研究班(主任研究者 東京医科大学臨床検査医学講座 福武勝幸)より入手可能。
ホームページ : http://www.iijnet.or.jp/aidsdrugmhw/



 陣痛(子宮収縮)時には母体血(HIV汚染血液)が児へ移行しやすくなり、児は分娩中に産道からのHIVの暴露を受けやすい。しかし、陣痛発来前、破水前に選択的帝王切開を施行することでこれらのリスクを減少させることができる。選択的帝王切開は、母子感染の70%を占めるとされている分娩時期周辺の感染を防ぐ手段として有効であると考えられる。さらに、抗HIV療法に比べ、児に対するリスクは極めて少ない。
  選択的帝王切開は、37週前後(陣痛発来前、破水前)に施行する。なお、帝王切開3時間前からAZTを静注するべきとしている専門医もいる3)
  欧米では陣痛発来前、破水前で、妊娠満38週での選択的帝王切開が推奨されているが、米国を中心に母体血中のウイルス量が低い場合には帝王切開は不要だとする考えもある。



 HIV陽性の妊産婦に対しては、できるだけ妊娠初期から管理を行い、妊産婦の血中ウイルス量を極力低く抑え、妊産婦自身のAIDS発症予防ならびに母子感染予防を図る必要がある。
  母子に対する副作用を最小限に抑えるために、PACTG076試験に基づきAZT単独療法が行われることがある。母親も治療する必要がある場合には、基本的には胎盤内において活性型3リン酸に代謝されるAZTを含むHAARTが行われる。しかし、妊娠判明前から抗HIV療法を行っていた場合には、治療変更・中断によるウイルスリバウンドが懸念されるため、そのまま治療を継続する場合が多い
  妊娠初期に感染が判明した場合には、妊娠14週以降まで治療開始を遅らせるのが妥当だと思われる。
  妊娠の時期や妊産婦の感染判明時期、抗HIV療法の有無などにより、治療の開始や継続については妊産婦やその配偶者(パートナー)や家族などと話し合いをした上で決定することが大切である。「HIV母子感染予防対策マニュアル第4版」(HIV感染妊婦の早期診断と治療および母子感染予防に関する臨床的・疫学的研究班分担研究者:塚原優己)も参照されたい(http://api-net.jfap.or.jp/siryou/boshi/boshi.htm)。

 
*ただし、EFVは妊娠が判明した時点で投与を中止し、専門医に相談すべきである。


AZT投与のプロトコール
血中ウイルス量が低い場合は、AZT単独療法を考慮する。
血中ウイルス量が高い場合は、最初からHAARTを行うことを考慮する。
血中ウイルス量が高値を持続する例や上昇する例には併用療法を行う。併用薬の選択には、特に母子に対する影響、胎盤への移行性、薬物相互作用などについても考慮する。
選択的帝王切開を施行する。
新生児には出生後なるべく早期(生後6時間)からAZTシロップを投与する。
(「米国における妊婦に対する抗HIV療法」「抗HIV療法をいつ開始するか」の項参照)


1) HIV量が極めて少ない例(例えば血中ウイルス量が検出限界以下)からは母子感染が成立しにくいことが示唆されている。一方、抗HIV療法の母子感染予防(効果)を検討した複数の臨床試験の解析(meta-analysis)では、母親のウイルス量が1,000コピー/mL未満の症例において抗HIV薬の予防投与により、非実施群に比べ有意に感染率を低下させたとの報告がある。


2) AZTの投与と選択的帝王切開を行うと、血中ウイルス量にかかわらず母子感染率は1〜2%という報告がある。


3) 分娩(帝王切開)時の産婦へのAZTの静注によって新生児の初期嘔吐がみられることが多く、児の厳重な管理が必要である。




 HIV感染症治療ガイドライン(DHHS、2006年10月10日付)などによると、米国では現在、妊婦に対する抗HIV療法は、以下 のように推奨されている。ただし、データがまだ十分とは言えないので、治療を進めるに当たっては慎重を期す必要がある。


妊婦に対しても、成人に対する標準的な多剤併用療法を考慮すべきである。
ただし、使用する抗HIV薬の選択は、妊婦の状態や薬剤の妊婦に及ぼす影響、周産期感染に対する効果、胎児および新生児に及ぼす影響を考慮し、患者と医療者がよく話し合って決定する必要がある(表22)。

出産年齢の女性に対する抗HIV療法
 治療開始基準、治療目標とも、他の成人と同様に考える。


妊婦に対する抗HIV療法と母子感染予防
母体の血中ウイルス量が1,000コピー/mL以上の場合:
標準的な多剤併用療法が推奨される。多剤併用療法が選択された場合には、可能な限りAZTを含めた抗HIV療法を選択すべきである。この場合はAZTによる周産期予防投与(PACTG076)のプロトコールに準拠する。


母体の血中ウイルス量が1,000コピー/mL未満の場合:
抗HIV療法による予防は、周産期感染を防止するのに有効であることが示されている。また、選択的帝王切開の必要性も低くなる。これらの感染妊婦では標準的な多剤併用療法に加え、NRTI 2剤併用(3TC+AZT)、AZT単剤も選択肢となる。いずれの場合もAZTを加えた周産期予防投与(PACTG076)を行う。AZTの単剤使用による耐性ウイルスの出現が懸念されているが、血中ウイルス量の少ないHIV感染妊婦ではウイルスの増殖速度が低く、期間限定の単剤使用であるために耐性出現の危険性が低いと考えられている。


抗HIV療法を受けている女性が妊娠した場合
抗HIV療法を受けている女性が妊娠した場合には、胎児への影響を考慮して妊娠第1期の服薬中断を考慮すべきであるが、多くの専門医は治療を継続している。なお、EFVは動物実験において催奇形性が報告されているので妊娠予定の女性や妊娠可能で避妊をしていない女性への投与は治療上の有用性が胎児への危険性を上回り、他の治療選択肢がない時のみの投与とするべきで、また、妊娠第1期の使用は避けるべきである。


継続して抗HIV療法を受けている妊婦が出産する際には、可能な限りAZTの周産期予防投与(PACTG076)を組み込むべきである。妊婦がd4Tを含む多剤併用療法を受けている場合は他の抗HIV薬との併用禁忌や相互作用を十分に検討する。


妊婦における抗HIV療法の注意点
HIV感染妊婦に対する抗HIV療法では、妊娠による妊婦の生理学的変化や胎児への影響を考慮する必要があるが、特に核酸系逆転写酵素阻害薬によるミトコンドリア障害や乳酸アシドーシスには細心の注意が必要である。d4TとddIの併用を含む多剤併用療法を受けた妊婦で重篤な乳酸アシドーシスが報告されている。



 表22に妊婦に対する抗HIV薬の推奨度を示した。AZTは試験データ及び臨床経験が豊富であり、副作用等の事情がない限り妊婦に対するHAARTに加えるべきである。NVPはCD4>250mm3の女性で初回治療に用いた場合、肝障害のリスクが高まる。妊婦でリスクが高まるかは不明だが、CD4>250mm3の妊婦には利益が不利益を上回ると判定される場合のみ投与を開始する。NVP服用中に妊娠した場合で、副作用などがない場合はCD4陽性細胞数に拘らず服用を継続して良い。LPV/RTV(カプセル)は妊娠の第3トリメスターで血中濃度が低くなることが報告されており、増量が必要とされている。錠剤についてはまだデータがない。IDV、RTVも妊娠中に血中濃度が低くなるとの報告がある。最新のDHHSガイドライン(2007年11月版)1)で、NFVに、製造過程で副生する遺伝毒性のある不純物(ethyl methane sulfonate:EMS)が微量検出されたため、これまで蓄積されたデータではNFVの服用でも母児に異常が見られていないものの、妊婦や小児への投与は開始せず、また妊婦や小児へ投与中の場合は他剤への変更を考慮すべきとされている。しかし、他剤への変更が不可能な場合はNFVの投与継続の利益が不利益を上回るとされている。
 
表22 妊婦に対する抗HIV薬の推奨度
推奨度
NRTI
NNRTI
PI
第一選択
AZT
3TC
NVP
LPV/RTV1)
第二選択
ddI
FTC
d4T
ABC
 
IDV
RTV
SQV+RTV
データ不十分
TDF
 
ATV
DRV
FPV
推奨できない
ddC
EFV
DLV
NFV2)
1) 錠剤についてはまだデータがない(本文参照)。
2) 製造過程で副生する不純物が微量検出されたため、妊婦や小児への投与は避けるべき(本文参照)。
   
1)
Public Health Service Task Force : Recommendations for Use of Antiretroviral Drugs in Pregnant HIV-Infected Women for Maternal
Health and Interventions to Reduce Perinatal HIV Transmission in the United States, November 2, 2007 (http://aidsinfo.nih.gov



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