HIV感染症の治療では、抗HIV薬3剤以上を併用した強力な多剤併用療法(HAART)を行う。初回治療では、 NNRTI+NRTIあるいはPI+NRTIのいずれかの組合せを選択する。未治療患者に推奨される初回療法の組合せを表5に、 日本で現在承認されている抗HIV薬を表6に示す。
 日本では抗HIV薬の大規模臨床試験が行われていないため、ここでは米国DHHSガイドラインを参考として作成しているが、近年服薬錠数の減少を目的としたNRTIの合剤が多くの患者に処方されるようになり、AZT/3TCやTDF/FTCと並んでABC/3TCも初回治療に用いられる傾向がある。
 NRTI
 NNRTI
 PI
: 核酸系逆転写酵素阻害薬
: 非核酸系逆転写酵素阻害薬
: プロテアーゼ阻害薬



 


 ABCは欧米で過敏反応(HSR)が問題視されているためにDHHSガイドラインでは「その他の好ましい薬剤」に位置付けられているが、 HSR発現率はHLA-B5701と相関性が高く、そのHLA-B5701陽性率には人種差が認められ、欧米人で8%程度に対し日本人では0.1%と報告されている。 実際に、HSR発現率は欧米人で約8%(2〜9%)であるのに対し、日本人では1.3%(7/536)と報告されている1)。 また、IAS-USA2)やBHIVA3)、Sweden4)のガイドラインでは、ABC/3TCは「好ましい薬剤」に位置付けられている。 これらのことから、本手引きではABC/3TCを「好ましい薬剤」に位置付けた。今後、さらに臨床例を加えて、これらの合剤の有効性と安全性を検討していくことが望まれる。
 体内動態に人種差が認められているものに、EFV代謝酵素の遺伝子(CYP2B6 6/6)SNPsが挙げられる。日本人では、このため代謝が不十分でEFVの血中濃度が上昇する患者が 確認されている。副作用が見られた場合はEFVの血中濃度を測定し、高い場合は減量により副作用が軽減することがある5)
 多剤併用療法では、初回が最も高い抗ウイルス効果を期待できる治療であり、薬剤変更の度に治療効果が減弱する場合もあることを認識すべきである。
 それぞれの抗HIV薬の利点と欠点を表7に、推奨されない抗HIV療法を表8に示した。ただし、妊婦に対しては、AZT単独投与の有用性が臨床試験で示されており、 選択肢となり得る(妊産婦に対する抗HIV療法と母子感染予防参照)。妊婦に対する抗HIV療法については妊婦に対して使用される抗HIV薬を参照されたい。
 本書ではDHHSガイドラインを主体に紹介しているが、評価の高いガイドラインとしてIAS-USAやJohns Hopkins大学6)、英国BHIVAなどで作成されているものがある。 基本的な考え方は同様であるが、改訂時期や記載内容に若干違いが見られるので、それらも参考にされたい。例えば2006年8月に改訂されたIAS-USAでは、 従来の「Alternative」群が整理され、「Recommended」に一本化されている。NRTIではAZT/3TC、ABC/3TC、TDF/FTCが、NNRTIではEFV、NVP、 PIでは少量RTVによるブースト療法(boosted-PI)としてFPV+RTV、LPV/RTV、ATV+RTV、SQV+RTVが推奨されている。
   
  1)Honda H (ACC) et al, 4th IAS Conference, Sydney, 2007, MOPEB005
2)IAS-USA http://www.iasusa.org/
3)BHIVA http://www.bhiva.org/
4)Scan. J. Infect. Dis., 39, 486-507, 2007
5)Gatanaga H (ACC) et al, Clin. Infect. Dis. 45(1):1230-1237, 2007
6)Johns Hopkins AIDS Service http://www.hopkins-aids.edu/




核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)
一般名
略 号
商品名
ジドブジン
AZT(ZDV)
レトロビル
ジダノシン
ddI
ヴァイデックス/
ヴァイデックスEC
ザルシタビン

ddC

ハイビッド
ラミブジン
3TC
エピビル
サニルブジン
d4T
ゼリット
ジドブジン・ラミブジン配合剤
AZT/3TC
コンビビル
アバカビル
ABC
ザイアジェン
アバカビル・ラミブジン配合剤
ABC/3TC
エプジコム
テノホビル TDF ビリアード
エムトリシタビン
FTC
エムトリバ
テノホビル・エムトリシタビン配合剤 TDF/FTC ツルバダ
非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)
一般名
略 号
商品名
ネビラピン
NVP
ビラミューン
エファビレンツ
EFV
ストックリン
デラビルジン
DLV
レスクリプター
プロテアーゼ阻害薬(PI)
一般名
略 号
商品名
インジナビル
IDV
クリキシバン
サキナビル
SQV
インビラーゼ
リトナビル
RTV
ノービア
ネルフィナビル
NFV
ビラセプト
ロピナビル・リトナビル配合剤
LPV/RTV
カレトラ
アタザナビル ATV レイアタッツ
ホスアンプレナビル FPV レクシヴァ
ダルナビル DRV プリジスタ*
  *海外ではすでに承認されている。日本では承認申請中。




系統
抗HIV薬
利 点
欠 点
NNRTI
全般
●PI併用療法に比べて脂肪分布異常や血中脂質異常が少ない
●PIを将来の治療選択肢として温存できる
●1アミノ酸変異により耐性を生じる
●NNRTI間に交叉耐性がある
●発疹
●CYP450による薬物相互作用の可能性がある
EFV
●抗HIV活性が強い
●1日1回投与
●食事の影響がない
●精神神経系の副作用がある
●就寝前の投与が勧められる
●カニクイザルで催奇形性が認められ、妊娠第1期には使用すべきでなく、妊娠の予定がある、および避妊をしていない女性では使用を避ける
NVP
●周産期投与で児に対して比較的安全性が認められている
●3歳以下にも投与可
●他のNNRTIに比べて発疹の頻度が高く、まれに重篤な過敏反応を起こすことがある
●他のNNRTIに比べて肝毒性の頻度が高く、重篤な肝壊死を起こすことがある
 
系統
抗HIV薬
利 点
欠 点
PI
全般
●NNRTIを将来の治療選択肢として温存できる
●代謝合併症がある─脂肪分布異常、血中脂質異常、インスリン抵抗性
●CYP3A4阻害薬および基質─薬物相互作用の可能性がある(特に、RTV併用療法の場合)
LPV/RTV
(カレトラ錠)
●抗HIV活性が強い
●食事の影響がない
●配合剤である(カレトラ®
●胃腸障害
●高脂血症
●妊婦で薬剤曝露量低下(カプセル剤の データ)
●TDFとの併用でTDFの血中濃度・AUCが上昇する(腎障害等のTDF副作用の増強に注意が必要)
ATV+RTV ●1日1回投与
●薬剤数が3C/日と少ない
●ATV単剤では脂質代謝への影響が少ない
●低用量RTVによりATVの効果が増す
●高ビリルビン血症
●PR間隔延長(一般には同じ作用を有する薬剤との併用がなければ問題ない)
●ATVはTDFおよびEFVとの併用で薬剤曝露量が低下するので、必ずRTVを併用する
●TDFとの併用でTDFの血中濃度・AUCが上昇する(腎障害等のTDF副作用の増強に注意が必要)
FPV+RTV ●1日1回投与が可能
●食事の影響がない
●発疹
FPV ●食事の影響がない ●発疹
 
系統
抗HIV薬
利 点
欠 点
NRTI
全般
●抗HIV薬併用時の基本療法として確立されている ●ほとんどのNRTIで、まれではあるが、脂肪肝を伴う重篤な乳酸アシドーシスが報告されている
 
系統
抗HIV薬
利 点
欠 点
3剤以上の
併用療法における
NRTI 2剤の基本療法
AZT/3TC
(コンビビル錠)
●良好なウイルス学的効果が最も広く認められている
●3TCは副作用が非常に少ない
●食事の影響がない
●配合剤あり(コンビビル®
●AZTでは骨髄抑制がみられる
●胃腸障害
ABC/3TC
(エプジコム錠)
●食事の影響がない
●AZT/3TCに対する非劣性が認められている
●1日1回投与
●配合剤あり(エプジコム®
●ABCによる全身性の過敏反応が発現する可能性がある(ただし過敏反応の発現率には人種差が認められ、日本人では1.3%1)と、欧米人に比べて少ないことが報告されている)
●1つの試験において重度の過敏反応の発現率が1日2回投与群より1日1回投与群で高かったと報告されている
TDF+3TC ●AZT/3TCに対する非劣性が認められている
●食事の影響がない
●1日1回投与
●TDFでは腎障害の報告がある
●相互作用:
1.
ATV─TDFによりATVの血中濃度が低下する(RTVとの併用が必要)
2.
LPV/r、ATV、DRVによりTDFの血中濃度・AUCが上昇する(腎障害等のTDF副作用の増強に注意が必要)
TDF/FTC
(ツルバダ錠)
● AZT/3TCに対する非劣性が認められている
● FTCは3TCより半減期が長い
●食事の影響がない
● 1日1回投与
●配合剤あり(ツルバダ®
● TDFでは腎障害の報告がある
●相互作用:
1.
ATV─TDFによりATVの血中濃度が低下する(RTVとの併用が必要)
2.
LPV/r、ATV、DRVによりTDFの血中濃度・AUCが上昇する(腎障害等のTDF副作用の増強に注意が必要)
● FTCは3TCより臨床データが少ない
ddI+3TC ●1日1回投与 ●ddIでは末梢神経障害、膵炎がみられる
●食事の影響─空腹時に服用する必要がある
●多くのPIとは服用時期をずらす必要がある
●リバビリン、TDF、ヒドロキシウレアと併用時には毒性が増加する可能性がある
NRTI+FTC
(3TCの代替)
●FTCは3TCより半減期が長い
●1日1回投与
●FTCは3TCより臨床データが少ない
 
1)Honda H(ACC)et al, 4th IAS Conference, Sydney, 2007, MOPEB005




推奨されない理由
例外的に使用が
認められる場合
NRTIまたはNNRTIの単剤療法
●耐性獲得が急速
●3剤以上の抗HIV薬併用と比べて抗HIV活性が劣る
●周産期のHIV感染防止にAZT単剤を使用している血中ウイルス量<1,000コピー/mLの妊産婦*
NRTI
2剤併用療法
●耐性獲得が急速
●3剤以上の抗HIV薬併用と比べて抗HIV活性が劣る
●2剤併用を現在行っている患者では、ウイルス学的目標が達成されていれば、そのまま継続する
ABC/AZT/3TC
または
場合によりTDF+AZT/3TC
を除く
3-NRTI
●TDF+ABC/3TCまたはTDF+ddI+3TCを含む3-NRTIを未治療患者に初回治療として使用した場合、ウイルス学的効果が早期に認められなくなる率が高い
●他の3-NRTIは評価されていない
●ABC/AZT/3TCおよび場合によりTDF+AZT/3TC
d4T+ddI
抗HIV薬の主な副作用参照
●副作用の発現頻度が高い−末梢神経障害、膵炎、高乳酸血症
●妊婦で、脂肪肝、場合によっては膵炎も伴い、致命的ともなる重篤な乳酸アシドーシスが報告されている*
●他に抗HIV薬の選択肢がなく、得られる有用性がリスクを上回る場合
AZT+d4T ●拮抗しあう ●例外なし
d4T+ddC
●末梢神経障害
●例外なし
ddI+ddC ●末梢神経障害 ●例外なし
FTC+3TC
●耐性プロフィールが近似
●併用効果なし
●例外なし
3TC+ddC in vitroで拮抗作用 ●例外なし
RTVを併用せず、PIとしてSQV
1剤を使う
●経口バイオアベイラビリティが低い(4%)
●他のPIと比べて抗HIV活性が劣る
●例外なし
ATV+IDV ●高ビリルビン血症 ●例外なし
妊娠第一期および妊娠可能な女性に対するEFV* ●ヒト以外の霊長類で催奇形性が認められている ●他に抗HIV薬の選択肢がなく、得られる有用性がリスクを上回る場合*
CD4>250/mm3の成人女性
または
CD4>400/mm3
の成人男性
における
NVPによる
治療開始
●症候性の肝障害の発現率が高い ●有益性が上回ることが明らかな場合
 
 
*妊婦に対する抗HIV療法については妊産婦に対する抗HIV療法と母子感染予防を参照。




1日1回療法
 抗HIV療法の成功には、アドヒアランスの維持が重要である。近年では、アドヒアランスの向上を目的とした1日1回投与の可能な薬剤が多数登場してきている(表9)。これらの薬剤は、血中あるいは細胞内半減期が長いという薬物動態学的特徴を有している。
 1日1回投与が可能な薬剤の増加に伴い、1日1回投与のHAARTの組合せも増えた(表10)。また、合剤の開発が服薬剤数の軽減に貢献している。現在、1日1回投与が可能で、かつ最も服薬剤数が少ないHAARTとして、EFV+3TC/ABC、EFV+FTC/TDF、ATV+RTV(ブースト)+3TC/ABC、ATV+RTV(ブースト)+FTC/TDFが挙げられる。いずれも1日4剤の服用となる。EFV+3TC+TDF、ATV+RTV(ブースト)+3TC+TDF、FPV+RTV(ブースト)+3TC/ABC、FPV+RTV(ブースト)+FTC/TDFの組合せも1日の服薬剤数は5剤と少ない。
 これらの1日1回投与HAARTは、アドヒアランスを向上するだけでなく、患者のQOLにも好影響を与えることが予想され、今後、さらなる組合せの追加により選択肢が広がっていくと思われる。
 なお、1日2回療法と比較した長期臨床試験はまだ十分に行われていない。本療法では1日1回の服薬を完全に忘れた場合、次の服薬までの時間が長く、抗ウイルス効果が失われ、耐性が発現するなどのリスクが懸念されるため、服薬指導は従来以上に重要となる。


核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)
一般名
略 号
商品名
ジダノシン
ddI
ヴァイデックスEC*
ラミブジン
3TC
エピビル
テノホビル TDF ビリアード
アバカビル
ABC
ザイアジェン
エムトリシタビン
FTC
エムトリバ
アバカビル・ラミブジン配合剤
ABC/3TC
エプジコム
テノホビル・エムトリシタビン
配合剤
TDF/FTC
ツルバダ
非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)
エファビレンツ

EFV

ストックリン
プロテアーゼ阻害薬(PI)
アタザナビル ATV レイアタッツ
ホスアンプレナビル
FPV
レクシヴァ

*
錠剤は1日2回投与
なお、ロピナビル・リトナビル配合剤(カレトラ)は、米国でのみ初回療法で1日1回投与が可能とされている。

各薬剤の( )内の数字は標準的な投与剤数(合剤がある場合はそれを用いた場合の数を記載)であり、
必要に応じて増減を検討する。
NNRTI+NRTI
PI+NRTI
好ましい組合せ
EFV+ABC/3TC1)(4)
EFV+TDF/FTC1)(4)
ATV+RTV+ABC/3TC1)(4)
ATV+RTV2)+TDF3)/FTC1)(4)
その他の
好ましい組合せ
EFV+ddI+3TC1)(6〜7)
ATV+ ABC/3TC1)(3)
FPV+RTV+ABC/3TC1)(5)
FPV+RTV+TDF/FTC1)(5)
FPV+RTV+ddI+3TC1)(7〜8)
1)3TCとFTCは代替可。
2)ATVはTDFとの併用でAUCが低下するので、少量のRTVの併用が必要。
3)TDFはATVとの併用でAUCが増加し、腎毒性等のTDFの副作用が増強される可能性がある。
投与前に腎障害リスクを検討し、投与後は腎機能のモニタリングを行うこと。
   
薬物相互作用
   抗HIV薬の選択に当たっては、起こりうる薬物相互作用について考慮しておく必要がある。相互作用(併用禁忌、併用注意)に関しては、抗HIV薬一覧を参照のうえ、相互作用を起こす可能性の最も低い組み合わせを選ぶ。
 こうした相互作用のほとんどは、肝代謝を介するものである。PIおよびNNRTIはすべて、肝でチトクロームP450(CYP)による代謝を受ける。そのため、同じCYPによる代謝を受ける抗HIV薬同士、あるいはHIV感染者に処方されることの多い他の薬剤と相互作用を起こす危険性がある。
 一方、NRTIや融合阻害薬(FI)は、CYPによる代謝を受けない。ただし、NRTIについてはddIとリバビリン、AZTとガンシクロビルの併用による毒性の増強が知られている。機序は明らかでないものの、ガンシクロビルやTDFとの併用でddIの濃度上昇、TDFとの併用でATVの濃度低下、ATVやLPV/RTV、DRVとの併用でTDFの濃度、AUCの上昇がみられるとの報告もあり、注意が必要である。最近では、こうした薬物動態学的相互作用だけでは説明がつかず、耐性変異部位による相互作用といった新しい概念が出てくるなど、より一層の注意が必要である。また薬剤だけでなく、セントジョーンズワート(CYP3A4を誘導してHAARTの効果の減弱を招く)などのハーブや種々の市販のサプリメントとの相互作用についても、注意すべきである。



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